食と道具の素材について 2002.7.22
食を楽しむとき料理だけでなく道具も大事な役割を果たしていると
私は考えます。
例えば
・白いご飯は磁器の茶碗で食べたい。
・味噌汁は木製の漆器で食べたい。
・コーヒーは白い磁器のカップで飲みたい。
・ビールはガラスのコップかジョッキで飲みたい
・熱燗は陶器のぐい呑でやりたい。
等々あげればきりがありません。
やはり道具と素材の関係も重要だということが
わかって頂けるのではないでしょうか。
世界各国で食文化を育むときに道具も一緒に育ててきた
結果だと考えています。
しかしカトラリーだけがどんな料理にも使える道具として最近何処にでも登場しています。
しかしほとんどが金属製のカトラリーです。
洋食をいただく時はこれで良いと思いますが、和食の時は、箸を基本として食文化を育んできた日本人は絶対に金属では違和感を感じるはずです。
何故、何も思わないで金属のカトラリーを 和食に使ってきたのか?
それは西洋文化を表面的に受け入れた歪みであると考えます。
日本は他の国から入ってきた文化を日本流に消化して
すべてを日本人にとって違和感を感じさせないようにして
独特のものを確立させてきました。
例えば仏教も政治も憲法さえもそのように感じます。
ましてや食文化においてはもっとわかりやすいと思います。
カレー・ラーメン・ステーキなど、本場で食べると
意外とおいしくなかったりします。
これは日本流にアレンジされた物をほとんどの人が
本物と思っていたということです。
つまり表面だけカッコイイ状態を楽しんでいたということです。
その表面だけの部分にカトラリーは入っていると考えます。
でもその利便性が優れていたため洋食だけではなく
ほとんどの料理に使われるようになって重宝がられています。
現在、見た目よりも本質を大事にしようとする時代に
和食を楽しむときに金属のカトラリーを使うことは
間違っているように思います。
やはり箸を基本とした木製のカトラリーという道具で
和食を楽しむということが本筋ではないかと考えます。
道具は使うために作られています。作るときには
使うシチュエーションを考えて形と素材と仕上げを
当然考えます。
私の持論では日本流西洋料理・日本流中華料理・日本流・・・
等を楽しむときも日本流カトラリーを使った方が
より楽しいのではないかと考えます。
私自身が使ってみてこのように思いましたので
皆さんも実際使ってみればわかってもらえるだろうなぁ・・・
私達は味覚と視覚と触覚と気持ちで食を楽しむ民族日本人なんですから。
|